災害 遥かな道

享保11年(西暦1726年)2月29日、女神(おながみ)川が氾濫し、我が村では53戸のうち48戸流失、死者82人に及んだ。いわゆる壊滅状態の大惨事だ。その洪水殉難者の第286回法要が土、日2日間にわたってとり行われた。

当番の人たちと金曜日の2時から準備を始め一段落ついたところで、テレビをつけると、地震のニュース。そのあまりにひどい惨状にみな唖然。翌日は陸前高田市の壊滅状態というニュースに話題が集中した。

我が地区が壊滅した時は、江戸時代ということもあって、生き残った我が祖先たちは生まれ育った土地を離れることができず、復興に力を尽くすしかなかった。

この平成の時代、地震の生存者たちはどうするのだろうか。生まれた土地に残り復興を目指すのか、それとも他の土地に移り再出発を図るのか。いずれにしても茨の道、被災者たちの心情を慮ると、かける言葉がない。


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